社会保障協定とは?外国人労働者の年金二重払いを防ぐルールと期間通算を解説
海外へ従業員を派遣したり、海外から人材を受け入れたりするグローバル企業にとって、担当者を悩ませるのが「社会保険」の問題です。特に年金は、日本と海外の制度に二重で加入し、保険料を二重払いしてしまうケースが少なくありません。
この「保険料の二重負担」と、保険料が掛け捨てになるのを防ぐために結ばれているのが「社会保障協定」です。
この記事では、社会保障協定の基本、具体的な手続き、国ごとの違いまで、企業の経営者・人事担当者、そして海外で働く方々が知っておくべき知識を専門家が網羅的に解説します。
注意!社会保険や年金に関する手続きのプロは社会保険労務士です。手続きの代行を依頼する場合には貴社の顧問社労士までご確認ください。
目次
社会保障協定の2大目的|二重負担防止と年金期間の通算
社会保障協定は、国を越えて働く人や企業が直面する年金問題を解決するため、国間で結ばれる約束事です。その目的は、主に以下の2つに集約されます。
1. 保険料の二重払いを防ぐ(保険料免除)
通常、企業に雇用される人は、その国の社会保障制度への加入が義務付けられます。そのため、日本の企業から海外へ派遣された従業員は、日本の厚生年金に加入したまま、派遣先の国の年金制度にも加入を求められ、保険料を二重で支払う問題が生じます。社会保障協定は、この二重負担を解消するためのルールを定めています。
2. 年金の受給資格を得やすくする(年金加入期間の通算)
日本の老齢年金を受け取るには、原則として10年以上の保険料納付期間が必要です。海外で働いていた期間は、日本の年金制度に加入していないため、この期間を満たせず、日本で納めた保険料が掛け捨てになってしまうことがあります。社会保障協定は、両国の年金加入期間を合算して受給資格を判断する「期間通算」の仕組みを定めています。
ルール1:保険料の二重負担を防止する仕組み
協定の最も直接的なメリットである、保険料の二重払い防止のルールについて、具体的に解説します。
1. 原則は「就労地の年金制度にのみ加入」
社会保障協定における大原則は、就労している国の社会保障制度にのみ加入するというものです。例えば、アメリカの企業に現地採用され、アメリカで働く日本人は、アメリカの年金制度にのみ加入し、日本の年金制度に加入する必要はありません。
2. 例外:5年以内の海外派遣なら日本の年金に継続加入できる
駐在員など、日本の企業に雇用されたまま海外の支店などへ派遣される場合は、例外的な扱いとなります。派遣期間が5年以内の一時的なものである場合、派遣先の国の年金制度への加入が免除され、日本の厚生年金にのみ継続して加入することができます。
これにより、従業員は将来受け取る年金を日本の制度に一元化でき、企業側も二重の保険料負担を避けられます。
3. 二重払いを免除するための「適用証明書」とは
派遣先国での保険料免除を受けるためには、日本の年金制度に加入していることを証明する「適用証明書」が不可欠です。この証明書がなければ、協定のメリットを受けられません。
適用証明書の申請方法と提示先
「適用証明書」は、事業主が日本の年金事務所に申請して交付を受けます。交付された証明書を従業員本人が派遣先の社会保障機関へ提示すると、その国の保険料納付が免除されます。
申請を忘れた場合の対処法
万が一、申請を忘れたまま赴任し、現地の保険料を支払ってしまった場合でも、後から遡って免除を受けられる可能性があります。ただし、手続きは煩雑になり、国によっては還付されないケースもあるため、必ず赴任前に手続きを完了させましょう。
ルール2:年金加入期間を通算する仕組み
保険料の掛け捨てを防ぐ、もう一つの重要なルールが「期間の通算」です。これは、将来の年金受給資格に関わる大切な仕組みです。
1. 両国の加入期間を合算して年金の受給資格を確保
期間通算とは、日本の年金加入期間と、協定相手国の年金加入期間を合算し、それぞれの国の年金を受け取るために必要な「受給資格期間」を満たせるルールです。
具体例:日本7年+協定国3年=日本の年金受給資格(10年)をクリア
例えば、日本の年金加入期間が7年しかない人が、その後アメリカで3年間働き、アメリカの年金制度に加入したとします。この場合、日本の7年間とアメリカの3年間を合算して「10年間」と見なされ、日本の老齢年金を受け取るための受給資格を満たせます。
2. 注意点:通算できるのは「期間」のみ。年金額は合算されない
最も注意すべき点は、通算できるのはあくまで受給資格を得るための「期間」のみで、将来受け取る「年金額」そのものが増えるわけではないという点です。
日本の年金額は、日本の保険料納付期間に応じて計算される
上記の例で言えば、受給資格は10年分でクリアしますが、将来受け取る日本の年金額は、実際に日本で保険料を納めた「7年分」に基づいて計算されます。同様に、アメリカから受け取る年金額は、アメリカで保険料を納めた「3年分」に基づいて計算されます。
社会保障協定の対象国一覧と協定内容の比較
社会保障協定は、全ての国と結ばれているわけではありません。また、国によって協定の内容が少しずつ異なります。
1. 発効済み協定国一覧(2024年時点・23カ国)
ドイツ、イギリス、韓国、アメリカ、ベルギー、フランス、カナダ、オーストラリア、オランダ、チェコ、スペイン、アイルランド、ブラジル、スイス、ハンガリー、インド、ルクセンブルク、フィリピン、スロバキア、中国、フィンランド、スウェーデン、イタリア(計23カ国)
2. 主要国別|協定内容の比較表
国によって、保険料の二重負担防止の対象範囲や期間通算の可否が異なります。主要国の違いを一覧で確認しましょう。
国名 | 二重負担防止の対象 | 年金期間の通算 | 備考 |
---|---|---|---|
アメリカ | 年金制度のみ | 可能 | 医療保険(メディケア)は対象外。 |
ドイツ | 年金制度 + 医療保険 | 可能 | 医療保険も二重加入を防止できる。 |
イギリス | 年金制度のみ | 可能 | |
韓国 | 年金制度のみ | 可能 | |
中国 | 年金制度のみ | 不可 | 二重負担防止のみ。期間通算はできない。 |
ケース別|具体的な手続きの流れ
ここでは、具体的なケースに応じて、どのような手続きが必要になるかを解説します。
1. 日本の企業から海外の協定国へ従業員を派遣する場合
事業主が日本の年金事務所へ「適用証明書交付申請書」を提出します。交付された適用証明書を従業員に渡し、従業員本人が派遣先の社会保障機関へ提示します。これにより、派遣先国での保険料が免除されます。
2. 海外の協定国から日本へ従業員を受け入れる場合
派遣元の国の社会保障機関が発行した「適用証明書」を、受け入れた従業員から提示してもらいます。その証明書のコピーを日本の年金事務所へ提出すると、日本での厚生年金保険料の納付が免除されます。
3. 協定未締結の国へ派遣する場合(脱退一時金の検討)
協定を結んでいない国へ派遣される場合は、二重負担防止や期間通算の仕組みは利用できません。この場合、日本の年金制度の加入資格を喪失し、かつ日本での保険料納付期間が6ヶ月以上あるなどの条件を満たせば、帰国後に「脱退一時金」を請求できる可能性があります。
社会保障協定に関するQ&A
社会保障協定について、よくある質問とその答えをまとめました。
Q1. 派遣期間が5年を超える場合はどうなりますか?
派遣期間が当初から5年を超える見込みの場合、原則として派遣先国の社会保障制度に加入します。当初5年以内の予定が延長により5年を超えた場合は、延長が決定した時点で相手国の制度に切り替える必要があります。
Q2. 医療保険も協定の対象になりますか?
協定によります。ほとんどの国との協定は「年金制度」のみを対象としますが、ドイツ、ベルギー、フランスなど一部の国では、医療保険も二重加入防止の対象に含まれています。赴任先の国との協定内容を個別に確認することが重要です。
Q3. 協定を結んでいる国なら、どの国でも期間通算できますか?
いいえ、できません。ほとんどの協定国とは期間通算が可能ですが、中国との協定は「保険料の二重負担防止」のみを定めており、年金加入期間の通算はできません。
Q4. 日本の年金を海外で受け取ることはできますか?
はい、日本の年金は、受給資格を満たしていれば世界中どこに住んでいても受け取れます。海外の金融機関の口座で受け取ることも可能です。
Q5. 適用証明書の手続きは、本人と会社のどちらがおこないますか?
日本の年金事務所への「適用証明書」の交付申請は、原則として事業主(会社)がおこないます。交付された証明書を派遣先国の機関へ提示するのは、従業員本人です。
まとめ:社会保障協定の活用で、グローバルな人事戦略を円滑に
社会保障協定は、国を越えて働く人の年金に関する不利益をなくすための重要な制度です。最後に、活用のためのポイントを振り返ります。
1. 社会保障協定は、海外で働く人の年金の「二重払い」と「掛け捨て」を防ぐ制度
この2つの目的を理解することが、制度活用の第一歩です。従業員・企業双方にとって、金銭的なメリットは非常に大きいと言えます。
2. 5年以内の派遣なら「適用証明書」で現地の保険料が免除される
海外へ派遣する際は、赴任前に必ず「適用証明書」を申請・取得することが、最も重要な手続きです。
3. 国によって協定内容が異なるため、事前の確認が不可欠
全ての国で同じルールが適用されるわけではありません。特に期間通算の可否や、医療保険の扱いについては、赴任先・出身国の協定内容を個別に確認する必要があります。
4. 複雑な手続きはビザ申請とあわせて専門家への相談が賢明
社会保障協定の手続きは、海外の人事労務管理の一部です。ビザの取得・更新といった在留管理とあわせて専門家のサポートを得ることで、より円滑で確実な海外人事戦略を実行できます。
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行政書士法人35
代表行政書士 萩台 紘史
2021年4月 SANGO行政書士事務所を開業
2023年9月 法人化に伴い「行政書士法人35」を設立
外国人の就労ビザ申請に専門特化した事務所として年間350件超の就労ビザ申請をサポート